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72026July特集12026年度新任副代表幹事ご紹介特集2共助資本主義の実現委員会能登半島地震支援イニシアティブ第4回のとマルチセクター・ダイアローグNo.890CLOSE-UP提言規制改革委員会医療機関の経営改革に向けた規制緩和~誰一人取り残さないセーフティネットのために~「私の一文字~副代表幹事/労働市場・人的資本経営委員会委員長渡辺治子~」より

私の一文字副代表幹事労働市場・人的資本経営委員会委員長渡辺治子AIGジャパン・ホールディングス取締役バイスチェアマンどのような未来を「築」くのかを考えることが責務会員の方が思いを込めて選んだ一字に、書家の岡西佑奈さんが命を吹き込む「私の一文字」。今月は、渡辺治子副代表幹事にご登場いただきました。岡西「築」の上部は、竹籠に土を入れて工具で打ち固めていく様子を表しています。それが木とつながることで、「築く」という意味そのものを示すようになったといわれています。この文字を選ばれた背景を、あらためてお聞かせください。渡辺地政学上のリスクが非常に高まり、AIが目覚ましい進化を遂げるなど、世の中の枠組みが根本から変わりつつあると感じます。経営者としては変化への対応のみならず、どのような未来を築くかをきちんと考えて行動していかなければなりません。そうした責務を日々考える中で、この文字が頭に浮かびました。私自身、建築を見て回るのが好きなので、それにも通じると感じたことも理由の一つです。岡西「築」の意味合いにちなみ、ご自身の土台となる価値観を教えていただけますか。渡辺「AttitudeisEverything」という言葉を座右の銘にしています。自分がどのような態度で物事を捉えるかによって、その意味が決まってくるという考え方ですね。挑戦は、うまくいく時もあればうまくいかないときもある。しかし、うまくいかなくとも学びとして蓄積できれば、貴重な経験としての価値に変わります。無駄なことは一つもないと思っており、それは「築く」に近いかもしれません。岡西建築を見て回るのがお好きとの話でしたが、心引かれる建築物というのは何か共通項がありますか。渡辺レトロ建築が最も好きなのですが、時代を問わず、優れた建築には、機能や効率だけではなく、建築家のビジョン、それを実現するための構造設計、駆使された匠の技が全部詰まっています。コラボレーションの結果として素晴らしい建築ができたことに強く引かれますし、それは組織と人の関係にも似ているように思います。組織のパーパスを実現していくためには、多様なバックグラウンドの人たちが力を合わせていく必要があります。一人ひとりの力が結集して大きな価値が生まれてくるところに、同じ魅力があるのではないでしょうか。岡西渡辺さんご自身を支える人とのつながりは、どのように築いてこられたのでしょうか。渡辺特定のロールモデルを持つというよりも、出会った人のそれぞれから学ぶべき点を取り入れながら成長してきました。これを続けていくには、分け隔てなくいろいろな人とコミュニケーションを取り、関係性を長く保つことを大事にしたいと思っています。岡西経済同友会では副代表幹事、そして労働市場・人的資本経営委員会の委員長を務めていらっしゃいますが、今後の展望についてお聞かせください。渡辺経済同友会では「共助成長」をビジョンに掲げています。AIにより労働市場の変化が加速する中で、ビジョン実現に向けて、本当に知恵を絞る必要があると思います。そうした点を会員の皆さまと議論し、実現に向けたアクションを共に取っていけたらと考えています。書家岡西佑奈1985年3月生まれ。23歳で書家として活動を始め、国内外受賞歴多数。022026/7keizaidoyu

特集12026年度新任副代表幹事ご紹介2026年1月、山口明夫代表幹事が就任し、「共助成長社会」の実現に向け、「七本の懸け橋」を掲げた。新たに選任された5人の新任副代表幹事の横顔と活動への意気込みをご紹介する。commitment1:EXCECUTIONcommitment2:OPEN安田結子渡辺治子松江英夫武藤真祐commitment3:GROWTH北野嘉久2026/7keizaidoyu03

「異彩の結合」による活動と発信で社会全体の発展につながる好循環を安田結子ボードアドバイザーズ取締役副社長■担当委員会企業経営・変革委員会会員審査委員会1961年東京都生まれ。85年一橋大学社会学部卒業、日本アイ・ビー・エム入社。91年UCLA経営学修士修了。93年ラッセル・レイノルズ・アソシエイツ・ジャパン入社、2003年日本支社代表兼エグゼクティブ・コミッティーメンバー。20年ボードアドバイザーズ入社、23年取締役副社長(現任)。2003年経済同友会入会。10年度より幹事。20~21年度持続可能な地域経営のあり方委員会委員長、21~24年度創発の会座長、23~24年度同友会オープンアカデミー委員長、24~25年度リーダーシップ・プログラム委員長、24年度より会員審査委員会委員長、26年度より企業経営・変革委員会委員長。―ご自身のこれまでのお仕事を振り返り、エポックとなったこと、キャリアについて教えてください。1985年に大学卒業後、日本IBMに入社いたしました。学生時代からエクセレントカンパニーの代表格として強い憧れを抱いていた企業でしたが、配属されたシステムエンジニアの仕事は自身の適性との間にギャップがあり、大変苦労したことを今でもよく覚えています。この「仕事と自身の資質とのアンマッチ」に悩んだ経験は、その後の自身の仕事の大きな原点となりました。93年より、ラッセル・レイノルズ・アソシエイツにて、経しょうへい営幹部の招聘および育成を主軸とする業務に携わるようになり、同社では日本支社の責任者や、本社の取締役会メンバーとして活動する機会にも恵まれました。多様なバックグラウンドを持つメンバーの意見を重視する、グローバルのボードのあり方を学ぶことができた経験は、現在のボードアドバイザーズの仕事にも大いに活かされています。現職においては、志あるリーダーたちを支援し、日本の経済社会の発展に貢献する、という会社のミッションの下、日本企業の取締役会実効性評価や指名委員会の支援、社長後継者計画や経営幹部の評価・育成などに携わっております。―経済同友会入会のきっかけや活動の中で力を入れてこられたことについて、教えてください。日本IBM元副社長の本林理郎様のご紹介により、経済同友会へ入会いたしました。本林様の下で、当時の産業懇談会第1水曜グループの世話人を務めるなど、貴重な経験をさせていただいたことが、初めて同友会活動に積極的に参加するきっかけになったと思います。その後、会員のエンゲージメント向上を目的とした創発の会や、若手経営者育成のためのリーダーシッププログラムなどにかかわる中で、自身にとっても多くの学びを得る機会となりました。―日本の今、あるいは将来をどのようにご覧になっていますか。地政学的な不確実性や社会の分断が進む中、AI技術をはじめとする急速な技術革新が世界に及ぼす影響は、社会構造そのものを根本的に変革するダイナミズムを持っていると考えています。テクノロジーの爆発的な進化により、従来のような「パイの奪い合い」ではなく、「パイそのものを拡大する」ことを可能にする、いわばテクノロジー・デモクラシー的な価値観、すなわちアバンダンス(豊かさ)の概念が飛躍的に広がっています。このような環境は、日本にとって新たな挑戦と機会をもたらすものだと捉えています。また、若いリーダーの方々の発想や活動もますます柔軟になり、グローバルスタンダードを意識しつつ将来を見据えたものになってきている点に、大きな期待を寄せています。―副代表幹事として力を入れていきたいこと、会員に呼び掛けたいことはどのようなことでしょうか。山口代表幹事が掲げる「異彩の結合」による活動と発信が実現できる環境づくりを、しっかりと支えてまいりたいと考えています。就任直後の総会において印象的だったのは、副代表幹事の皆さま同士が深い信頼関係の下、強く結束されていたことでした。こうした連携により、経済同友会活動が会員一人ひとりの成長、さらには各所属企業、ひいては社会全体の発展につながる好循環を生み出せるよう尽力してまいります。―趣味、楽しみ、ライフスタイル、座右の銘など、オフのご自身について教えてください。大切にしている言葉は、大先輩から教わった、臨済宗の教えである「随所に主たれ」という言葉です。どのようなしんし環境や役割にあっても自身が主体的に真摯に取り組むことで、大きな力を発揮できるということを信じております。趣味としては、下手なゴルフを楽しみ、ゴルフよりは上手な料理を週末などに作ることが好きです。料理はゴルフと異なり、時間をかけ基本に忠実に作ると必ず結果が出るとだいごみころが醍醐味だと思います。042026/7keizaidoyu

│特集1│2026年度新任副代表幹事ご紹介日本の方向性に影響力を持つ経済同友会を目指しその活動をサポートしたい渡辺治子AIGジャパン・ホールディングス取締役バイスチェアマン■担当委員会労働市場・人的資本経営委員会1964年愛知県生まれ。87年東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。2002年ゴールドマン・サックス証券。09年AIGジャパン・ホールディングス(AJH)。20年アメリカンホーム医療・損害保険CEO、22年AJHバイスチェアマン(ともに現任)。2015年経済同友会入会。25年度より幹事。24~25年度アジア委員会、25年度人材活性化委員会の各副委員長、26年度より労働市場・人的資本経営委員会委員長。―ご自身のこれまでのお仕事を振り返り、エポックとなったこと、キャリアについて教えてください。大学を卒業後、日本銀行に15年勤務しました。その後、外資系投資銀行を経てAIGに転職し、今に至ります。日本銀行では終盤の約3年間、人事局に在籍していました。その中で、今後日本における人事の役割が大きく変わるのではないかと考え、それが転職の動機になりました。一方で、外資系企業の人事のことをほとんど知らない状態での挑戦だったので大きなカルチャーショックも経験しました。外資系投資銀行では、外国人や帰国子女が多いインターナショナルな環境に加え、正確性重視の日本銀行と比較してスピードがより重視される傾向にありました。メンタリティーやワークスタイルを変えることに最初は苦労した記憶があります。その後、AIGに極東アジアの人事のヘッドとして入職したのですが、転職後ほどなくニューヨーク本社に転勤になり、そこでは、世界90カ国の個人向けビジネスの組織を全てつくり変える仕事を担当し、多様性の波に飲み込まれそうになりながら、プロジェクトをやり切りました。これまでのキャリアの中で、ありがたいことに多くのチャレンジをする機会をいただきました。グローバルと日本、人事と金融という四つのマトリックスを経験させていただいたことが、私自身のキャリアの特徴だと思います。―経済同友会入会のきっかけや活動の中で力を入れてこられたことについて、教えてください。AIGニューヨーク本社の勤務から日本に帰ってきた頃に、日本銀行時代の知り合いに誘われて、2015年に入会しました。多忙だったこともあり、当初は活動に積極的に参加できませんでした。しかし、経営の責任が重くなるほどに自分の幅を広げなければという思いが募り、産業調査研究会に参加するようになりました。定期的に同じメンバーで集まる産業調査研究会が、私にとっての居場所になりました。今では産業調査研究会の運営委員となり、講習の企画・運営のお手伝いもさせていただいています。ほかにもアジア委員会と人材活性化委員会で副委員長を務めさせていただいたほか、今年は労働市場・人的資本経営委員会の委員長を務めています。―日本の今、あるいは将来をどのようにご覧になっていますか。少子高齢化をはじめ日本は課題が山積みですが、具体的な対応策を示すことで世界の日本に対するリスペクトを高めるポテンシャルは、十分あるはずです。また、私は企業や組織には人材の多様性が非常に重要だと考えています。いろいろなバックグラウンドや考え方を持っている人たちが集まって、AIの浸透などの新しい課題に対して多面的に検討することで、その解決策も見つけていけるのではないでしょうか。―副代表幹事として力を入れていきたいこと、会員に呼び掛けたいことはどのようなことでしょうか。経済同友会として積極的に対外的な発信をして、できる限り日本の方向性に影響力を持たせられるようになればという気持ちがあります。また、私は日米両方の組織と、両国で働いた経験から、いろいろな観点から意見を述べることで、経済同友会の活動を少しでもサポートしていきたいと思います。日本人全体が賃金上昇、労働時間の短縮化など、ウェルビーイングを目指せる社会をつくっていくために、経営者としてどうするべきかを皆さんと考えていきたいです。―趣味、楽しみ、ライフスタイル、座右の銘など、オフのご自身について教えてください。座右の銘は「AttitudeisEverything」です。直訳すれば「態度が全て」で、外資系投資銀行にいたときに米国人女性の上司に言われた言葉です。うまくいかなかったことも含めて、どんな出来事でも、自分の考え方次第でその意味はコントロールできるのです。「AttitudeisEverything」の精神で、何事に対しても自分なりに意義を見いだしてやってきたから、今の自分があると思っています(P02「私の一文字」参照)。2026/7keizaidoyu05

「経済同友会インスティチュート」を通して独自のコンテンツとエンゲージメント強化を松江英夫デロイトトーマツグループエグゼクティブメンバー■担当委員会経済同友インスティチュート1971年埼玉県生まれ。95年早稲田大学商学部卒業、トーマツコンサルティング(現デロイトトーマツコンサルティング)入社。2004年早稲田大学大学院公共経営研究科修士課程修了。18年デロイトトーマツグループ執行役ChiefStrategyOfficer。22年より同グループ執行役。26年より同グループエグゼクティブメンバーChiefExecutiveThoughtLeader(現任)。2015年経済同友会入会。18年度より幹事。23~25年度経済・財政・金融・社会保障委員会委員長、25年度統合政策委員会、シンクタンク機能検討PTの各委員長、26年度より経済同友会インスティチュート委員長。―ご自身のこれまでのお仕事を振り返り、エポックとなったこと、キャリアについて教えてください。私は新卒でコンサルティング業界に入り、今年で31年目になります。学生時代、早大雄弁会という集団で天下国家論を語り「青雲の志」を抱いて夢に向かう生き方に憧れました。「日本を変えるには経済や経営を分かる必要がある」と考え、当時マイナーだったこの業界の門をたたきました。しかし、いざ入ってみると現実は甘くはなく、天下を語るなど程遠い地味な仕事の連続で、キャリアの先が見えない日々を過ごしました。当時は思い悩み、選挙に出ようかなど真剣に考えた時期もありましたが、まずはプロとしての自立が先だと覚悟を決め、ミクロな企業現場でのコンサル業を追求しながら、同時に、マクロに接点を広げる社外活動にもいろいろと挑んできました。おかげさまで20年以上にわたる地道な活動の積み重ねと人のご縁に恵まれて、今は「産官学メディア」の四つの領域で活動しています。「産」の部分は経済同友会が代表例ですが、「官」の領域は、各種政策委員会の委員や受託の仕事などを通じてかかわっています。「学」は、四つの社会人べん向け大学院で教鞭を執っており、テレビの報道番組に複数レギュラー出演する機会を得るなど、「メディア」でも発言させていただいています。―経済同友会入会のきっかけや活動の中で力を入れてこられたことについて、教えてください。経済誌の対談企画で、元代表幹事の小林喜光さんとお会いする機会を得て、その哲学やビジョンに魅了されて入会を決意しました。当時は小林代表幹事の直轄プロジェクトだいごみ「Japan2.0」に参加し、日本の未来を議論する醍醐味を感じました。その後は委員会活動を通じて、多くの志高き経営者と親交を得ました。経済同友会という、「天下国家を語り合える居場所」に巡り合えたことは、私の人生にとって大きな財産であり喜びだと思っています。―日本の今、あるいは将来をどのようにご覧になっていますか。日本は前向きに進むチャンスが大いにあると考えています。人口など量の面では縮小する部分がありつつも、質の面では世界でも唯一無二の存在になれると確信しています。私は、人口減少時代には、人数に依存せず「頻度と価格」を上げる戦略で付加価値を高める「価値循環」という概念を提唱しています。日本を起点に、世界に通用する高品質なものやサービスを生み出し、一過性ではない価値を高め続ける循環を作れれば、必ず日本は復活します。例えば、観光やコンテンツ産業などは強みがありますし、モノづくりの強みを活かし、AIやロボット技術を駆使した社会課題解決型のソリューションビジネスの海外展開は有望なはずです。―副代表幹事として力を入れていきたいこと、会員に呼び掛けたいことはどのようなことでしょうか。4月に経済同友会内に「経済同友会インスティチュート」というシンクタンク組織を設け、副代表幹事として主宰・管掌しています。そこでは、会員の生の声、経営者の一次情報を集約して独自のコンテンツを作ります。同時に、政府や政党、メディアなどの中枢の方々との対話を日常的に増やし、エンゲージメント強化に努めます。さらに今後は、インスティチュートを地域の経済同友会の方々も参加できて、全国の経営者の声を集約した政策提言や社会実装のプラットフォームに進化させたいと思っております。ぜひとも会員の皆さまにはご協力いただければ幸いです。―趣味、楽しみ、ライフスタイル、座右の銘など、オフのご自身について教えてください。週末は解放日としてお酒や食べ物を思う存分楽しみます。スポーツや音楽は全般的に大好きですが、変わり種はプロレス観戦です。プロレスには、相手の良さを引き出して勝つという「受け身の美学」や、強さや年齢に関係なくキャラクターで勝負する「セルフ・プロデュース力」が重要です。これらはビジネスにも活かせるヒントに満ちており、「プロレス×ビジネス論」を語るのも趣味です(笑)。062026/7keizaidoyu

│特集1│2026年度新任副代表幹事ご紹介経済界と医療界をつないでいく架け橋になるような活動をしたい武藤真祐鉄祐会理事長■担当委員会医療・介護改革委員会1971年埼玉県生まれ。96年東京大学医学部卒業(MD)。2002年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。INSEADEMBA、JohnsHopkinsMPH,MS。東京大学医学部附属病院、三井記念病院にて循環器内科に従事。06年から宮内庁で侍医を務める。その後マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、10年医療法人社団鉄祐会を創業し、現在に至る。2023年5月経済同友会入会。24年度より幹事。23~24年度規制改革委員会委員長、24年度経済・財政・金融・社会保障委員会予防・健康づくり検討チーム副座長、25年度経済・財政・金融・社会保障委員会委員長、26年度より医療・介護改革委員会委員長。―ご自身のこれまでのお仕事を振り返り、エポックとなったこと、キャリアについて教えてください。私は循環器内科の勤務医や宮内庁での侍医、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年に在宅医療を提供する医療法人の鉄祐会を設立しました。16年からは人と医療をつなぐデジタル医療モデルに取り組むインテグリティ・ヘルスケアの代表取締役会長を務め、17年には新たな地域医療モデルの構築を目指す地域ヘルスケア連携基盤(CHCP)の代表取締役会長に就任しました。08年、私はマッキンゼーに入社しました。当時は患者さんの取り違え事件などを契機に、医療への不信感が社会に広がっていました。しかし、私の周囲の医師たちは、昼夜を問わず懸命に患者さんと向き合っていました。その現実と社会の受け止め方との大きな隔たりに、「世の中にひずみや課題があるなら、自分はその解決者でありたい。そのための力を身につけたい」と考え、コンサルタントの道を選びました。マッキンゼーでは、多くの優秀で魅力的な仲間に恵まれ、かけがえのない経験を積むことができました。一方で、私は自ら現場に立ち、実行を通じて社会を変えていく仕事にこそ使命を感じ、約2年で医療の現場へ戻りました。―経済同友会入会のきっかけや活動の中で力を入れてこられたことについて、教えてください。新浪さんが代表幹事に就任された際にお声がけいただき、経済同友会に入会しました。入会後は規制改革委員会の委員長として医療分野の規制改革提言を取りまとめ、翌年に経済・財政・金融・社会保障委員会で副座長にも就任し、公的保険外市場の拡大や医療制度改革に関する提言を行いました。昨年は日韓国交正常化60周年を機に、AI・ITとヘルスケアをテーマとした日韓共同提言にも携わり、ヘルスケア分野の議論の進行役も担いました。今年4月からは医療・介護改革委員会の委員長を務めています。新たな提言を発信するだけでなく、これまで積み重ねてきた提言を着実に社会実装へとつなげることにも注力しています。―日本の今、あるいは将来をどのようにご覧になっていますか。世の中の不確実性が高まり、将来を見通すことがますます難しい時代になっています。しかし、医療を必要としない人はほとんどいません。一方で、医療費の増大や少子高齢化の進展を考えると、これまでの制度の延長線上にある改革や部分的な改善だけでは、持続可能なヘルスケアを実現することは不可能です。山口明夫代表幹事が掲げる「共助成長社会」の実現に向けては、持続可能なヘルスケアの構築が不可欠であると考えています。私は、医療、経営、政策に携わってきた経験を活かしながら、その実現に貢献してまいります。―副代表幹事として力を入れていきたいこと、会員に呼び掛けたいことはどのようなことでしょうか。私は会員審査委員会の委員も務めておりますので、経済同友会の仲間をさらに増やしていくことにも力を入れたいと考えています。そして、新たにご入会いただいた方々を含め、多くの会員の皆さまに積極的に活動へご参加いただき、「共助成長社会」の実現に向けて共に歩んでいきたいと思います。また、医療法人の理事長が副代表幹事を務める機会は決して多くないと思います。これは、コロナ禍を経て、経済と医療が切り離して考えられない時代になったことを象徴していると受け止めています。経済界と医療界をつなぐ架け橋となれるよう、微力ではありますが力を尽くしてまいります。―趣味、楽しみ、ライフスタイル、座右の銘など、オフのご自身について教えてください。趣味はゴルフです。50歳を過ぎてから何か趣味を持とうと、3年前に始めました。経済同友会でもさまざまなコンペがあり、とても楽しくご一緒させていただいています。座右の銘は「真善美」です。研究者として真実を追求し、医師として善行を積み、人間として美しい生き方をする。そうありたいと願いながら、皆さまから学び、自らを磨き続け、少しでも社会のお役に立てるよう精進してまいります。2026/7keizaidoyu07

│特集1│2026年度新任副代表幹事ご紹介先を見据えた視座で議論を深め実効性ある政策提言を北野嘉久JFEホールディングス代表取締役社長■担当委員会エネルギー政策委員会1958年生まれ。茨城県育ち。82年東京工業大学大学院修士課程修了、川崎製鉄(現JFEスチール)入社。2006年西日本製鉄所製鋼部長、09年東日本製鉄所工程部長、11年常務執行役員、14年専務執行役員、18年代表取締役副社長、19年代表取締役社長。24年4月JFEホールディングス代表取締役社長。2024年12月経済同友会入会。25年度より幹事。25年度サステナブル・エネルギー委員会委員長、26年度よりエネルギー政策委員会委員長。―ご自身のこれまでのお仕事を振り返り、エポックとなったこと、キャリアについて教えてください。入社以来、製鉄所の現場を軸に、安全・品質・安定操業といったものづくりの根幹に向き合ってきました。これまでの仕事を振り返ると、私のキャリアは常に変化と危機への対応の連続であったと感じています。キャリアの中で大きな節目となったのは、経営の責任を担う立場になってからです。特に、JFEスチールの社長として、厳しい事業環境下で構造改革や価格戦略の見直し、デジタル技術を活用した生産性向上を同時に進めていく局面では、スピードと覚悟ある判断が強く求められました。現場で培った経験を企業経営にとどめず、産業や社会全体の変革へとどうつなげていくか。その問いに向き合い続けてきたことが、現在の私の仕事観の礎になっています。―経済同友会入会のきっかけや活動の中で力を入れてこられたことについて、教えてください。企業経営を巡る課題は、もはや一企業や一業界だけで完結するものではなく、社会全体の構造と密接に関係しています。そのような状況の中で、企業経営の枠を超え、日本社会の将来や産業のあり方について多方面の意見を交えて率直に議論し、国や国民に対して提言を発信するという同友会の存在意義に魅力を感じたことが入会のきっかけでした。25年度はサステナブル・エネルギー委員会委員長として、日本におけるエネルギーの自立、コスト競争力強化、原子力発電の活用、再生可能エネルギーの活用と課題などについて、検討を行ってきました。また、その成果として、今年5月に、日本のエネルギー政策の目指すべき方向性と具体的施策について意見書を発信しました。今後も、資源のない日本におけるエネルギーの自立に向け、幅広い意見を踏まえた熟議を重ね、実効性ある政策提言につなげていきたいと考えています。―日本の今、あるいは将来をどのようにご覧になっていますか。日本は人口減少や産業構造の転換、エネルギー制約など、多くの構造的課題に直面していますが、高い技術力や現場力、人材の質といった強みは、今なお大きな可能性を秘めていると考えています。今後は、従来の成功体験に安住するのではなく、新たな価値を創造する方向へと社会全体で舵を切ることが求められます。単なる環境対応や効率化ではなく、産業競争力と社会課題解決を両立する政策によって、産業構造や働き方そのものを進化させる機会と捉えるべきではないでしょうか。現実を直視しつつ、次の一手を打ち続ける姿勢こそが、将来への道を切り開くと考えています。―副代表幹事として力を入れていきたいこと、会員に呼び掛けたいことはどのようなことでしょうか。副代表幹事としては、経済同友会が社会や経済の転換点において、常に社会の方向性を示す存在であり続けるよう力を尽くしたいと考えています。短期的な成果に左右されず、10年、20年先を見据えた視座で議論を深め、実践につなげていく必要があります。会員の皆さまには、業種や立場の違いを超え、率直な意見交換を通じて新しい価値創造に果敢に挑戦していただきたいと考えています。さらに、経済人自らの言葉で社会に発信していく重要性は今後一層高まると考えています。―趣味、楽しみ、ライフスタイル、座右の銘など、オフのご自身について教えてください。中学時代から続けている卓球は、現在も大切なライフワークの一つです。かつての仲間と月に一度、体育館に集まって汗を流しています。忙しい日常を離れ、競技に集中する時間は心身の良いリフレッシュになりますし、仲間との変わらない関係にも支えられています。こうしたひとときが、自分らしさを取り戻し、また仕事に向き合う力になっていると感じています。082026/7keizaidoyu

│特集2│共助資本主義の実現委員会能登半島地震支援イニシアティブ第4回のとマルチセクター・ダイアローグ共助資本主義の実現委員会は5月23日、輪島市で「第4回のとマルチセクター・ダイアローグ」を開催した。自治体、能登で活動している経営者、NPO、東北の復興実務経験者、経済同友会会員やインパクトスタートアップ協会、新公益連盟、大学人が参加し、これまでの議論の積み重ねを土台に共創の場として着実に広がりを見せた。4回目を迎えた本イベントでは、能登復興に向けた具体的なプロジェクトが数多く共有された。中でも「能登を『食の聖地』にする」を掲げる「OKUNOTOMAKERS」が発足し、始動に併せて石川県・奥能登の生産者らによる地域食材を活用した試食展示会も開催された。また、「奥能登国際芸術祭」の再開・広域化に向けた視察や議論も活発に行われ、具体的な検討が進められた。さらにスペシャルトークとして、東北と宮城県女川町の復興について関係者のトークが行われた。(所属・役職は開催時)「OKUNOTOMAKERS」の試食展示会トビアス・レーベルガー「SomethingElseisPossible/なにか他にできる」、スズ・シアター・ミュージアム、潮騒レストランを視察した(珠洲市)オープニングトーク能登の復興は日本各地で起こり得る復興のモデルになる髙島宏平共助資本主義の実現委員会委員長オイシックス・ラ・大地代表取締役社長マルチセクター・ダイアローグは今回で4回目になる。第1回は100人程度で開催した。当時はとにかく皆が一つの場所に集まることに意義があった。第2回はいくつかのイニシアティブが具現化した。第3回にはコンセプトも決まり、多くのメディアに発信された。例えば、奥能登芸術祭の広域開催の話や経済同友会の会員所属企業からの1.2億円の寄付を活用した新たな拠点づくりを行った。復興するプロセスを“IDONOTOandYOU?”―「私は能登るけど、君はどうする?」というキーワードとコンセプトで表現した。これを受け、4月24日に起業家のための拠点として「IDONOTOBASE」が具現化し、入居が始まっている。能登復興の課題は、これから日本の各地で起きるかもしれない災害の縮図と捉えることもできる。一方で東京から40分で来ることができる、日本の美しさを凝縮したような里山や里海があるなど能登ならではの利点もある。能登の復興は、今後、日本各地で起こり得る復興のモデルになると考えている。本日は特別セッションとして須田善明女川町長から創造的復興の秘訣を共有いただく。女川町はシリコンバレー的な仕組みで復興に成功している好例だ。その後、10チームに分かれてピッチとグループセッションを行う。最後に皆さんで集まって発表をしていただく。このダイアローグは官民挙げたノーシナリオの会であり、ここにいる皆さんの一人ひとりが主役であり、それぞれコミットメントをしていただきたい。そして考えるだけでなく、生まれたアクションの数をKPIにしたい。次回の10月17日に向けて、それぞれのチームに上手にこの場を活用いただきたい。2026/7keizaidoyu09

開会挨拶関係の質を高めることから将来的な成果につなげる岩井睦雄筆頭副代表幹事日本たばこ産業社友目指す成果を共有し具体的なアクションに落とし込んでいただきたい浅野大介石川県副知事前日のオプションプログラムから参加することで、経験がまったく異なる人たちがみんな盛り上がり、交流していることを肌で感じた。これを見て、ダニエル・キムが提唱した「組織の成功循環モデル」を想起した。このモデルでは、関係の質が高まることで率直な対話が生まれ、思考の質が高まる。その結果、主体的で協力的な行動が生まれ、成果につながるとしている。この成功循環を回していくために、まずは関係の質を上げることだが、第3回目で関係が深まったと感じている。今回は具体的な各種のイニシアティブが生まれている。関係の質が良くなったところで、行動のレベルでイニシアティブが動き始め、さらに将来的には成果になっていくことを目指したい。この場は安全で未来のことを考える共通の目的を持った仲間が集まっているため、ぜひ率直な議論をしていただき、また自分ごととしてコミットをしていただきたい。これだけの方が一堂に会する場を一緒につくっていただいた経済同友会に御礼申し上げる。このプロジェクトは半年に一度、東京から人がやってくるような一過性のものではなく、議論がどんどん進化し、プロジェクトが生まれ育ってきている。本日は次回の10月17日までの半年間で何をつくっていくのか目線合わせをし、どう進めていくのか充実した時間にしていただきたい。対面で皆が話せる時間は貴重な機会である。関係するグループとコミュニケーションを取るなど、懇親会も含めて深いリンクを構築していただきたい。昨日の懇談会では須田女川町長と同席し、女川町の復興から多くの学びや気付きが得られた。地域間の違いはあるが、東北から学ぶことも大事なことであり、須田町長のスペシャルトークを楽しみにしている。スペシャルトーク(要旨)東北から学ぶ女川町は「還暦以上は口を出さない」という方針の下、若手が主導し、高台移転の推進、駅前商業施設の整備やIT・起業家誘致を目指す「女川シリコンバレー」構想など、若者や民間が躍動する復興に取り組んでいる。[モデレーター]藤沢烈能登官民連携復興センター長[パネリスト]須田善明宮城県女川町町長[パネリスト]小松洋介VENTUREFORJAPAN代表理事還暦以上の人は復興に口を出さない女川町を活用する「活動人口」を増やす藤沢私は現在、能登の復興に全力を注いでいるが、その前は東北の復興に携わっていた。震災から15年が経った女川の復興、2年が経った能登の復興のこれからについて考える機会にしたい。小松私は東日本大震災の発災当時、リクルート社の社員だったが、仙台出身だったこともあり、会社を退き女川に飛び込んでいった。いわゆる「よそ者」として当時20代の若輩者として復興のまちづくりにかかわった。女川の被災状況は、人口が1万人余りの中で死者・行方不明者が人口の約8%という状況だった。9割の住宅が被害を受け、人口割が完全流出し、被害としては県内で最も大きかった。震災から1カ月後、地元の産業界が一体となって女川町復興連絡協議会を立ち上げた。還暦だった会長は「還暦以上の人は復興に口を出さないように」と言った。口を出さずに若者を応援し、若者を盛り立てるということだった。私を含め若者たちが思い切り好きなようにまちづくりをさせてもらった。試行錯誤しながら民間としてつくりたいま102026/7keizaidoyu

│特集2│第4回のとマルチセクター・ダイアローグちの計画を作成し、思いを形にして届けた。ゼロからのまちづくりだったが、町長・行政・議会などさまざまな方々と議論をしながら未来の絵を描き、形になっていった。まちづくりのテーマの一つとして、「活動人口」を増やすことを大切にした。活動人口とは町民か否かにかかわらず、女川町を活用する主体のことである。関係人口の中でも、ビジネスや趣味など自ら活動を起こしていく人を増やすため、活動しやすい仕組みを取り入れた。実際にファッションショーや結婚式、コスプレイベントを実現できるまちになった。起業家も多く生まれ、起業家率は県内で1位になった。若者だけでなくリタイアした人や主婦の起業も応援し、老若男女、地域の人、Iターンでやって来る人が起業できるような仕組みをつくって応援してきた。海外の学生や企業研修でも多くの人がやって来るまちになり、事業開発に挑戦する人を生み出してきた。女川で起きている社会課題は結局、日本が抱える社会課題でもあり、これらの活動はその解決に向けた取り組みの一つだと考えている。女川では、行政・議会・民間・市民が手を組んで一緒に取り組むコンセンサスがあったが、活性化に必要なリソースが足りないため、外部に協力を仰ぐ必要があった。外に出ていき、手を貸してくれる人を地域に引き込んだ。活動人口になり得る人や組織を集め、復興していった地域でもある。「よそ者・若者・ばか者」は復興の原動力になった地元の酒場も出会いの場になった藤沢15年間、陣頭指揮を執って、あらためて女川の復興のポイントとは何か、伺いたい。須田まずは皆さまにお見舞い申し上げるとともに、それぞれの立場で頑張っている姿に心から敬意を表したい。女川の「受援力」は次第に育まれていった側面もある。まず「よそ者・若者・ばか者」は復興の原動力となった三つの存在である。小松氏もリクルート社を辞めて気仙沼から来て、さまざまな人とつながり、かかわり続けた人財である。私たちにとって外からのエッセンスは非常に刺激になった。新しい考え方ややり方をどんどん聞いて面白がって実行していった。そうすると、人が別の人を連れてきてどんどん関係性が膨れ上がっていった。私たちはそれを必要としていた。地域企業への企業留学も受けていただき、人のつながりが雪だるまのように大きくなっていった。2012年、地元の人、グーグル社のメンバー、藤沢烈氏らが偶然同じ飲み屋に居合わせた。そこで何か始めましょうと意気投合し、後の東北リーダーズ・カンファレンスに発展していった。当時、飲み屋は2軒しかなかったため、人が自然と集まり新たな出会いが生まれた。お互いの面白いアイデアや人脈を共有することができた。大事なのは地元の行政、民間、外の人、政府の省庁が揃っていたことだ。文字ベースの情報共有がなくても時間と体験を共有し、言語化する必要がない状態だった。多様なセクターの人間が同時にそれを体験、共有することが強みになり、話が早く、わざわざ何回か会う必要がなかった。小松私は外の人間でもあるため、女川町と外をつなぐような役割をNPOでやってきて、協力を仰ぎに営業活動に行っていた。そのとき、町の人たちが何を考えているのか情報が必要だった。そのため、酒席だと本音も出て、やりたいことや悩みが共有された。そこには行政の方も議員さんもいて、町の事業者の方からもいろいろな声を拾うことができ、営業しやすかった。また、課題も把握できているため、店にいた人には行政の方も民間人もいろいろな人がいるから、投げれば拾ってくれるだろうとも思えた。参加しやすい起業家育成プログラム半数が女川で起業をしている藤沢コミュニケーションを昼の場、夜の場を含めてどう設計していくかということが重要かと思う。2年経った能登の皆さんに対して、やっておいてよかったという話を伺いたい。須田起業家育成プログラムを実施しているが、どこで起業をしてもよいことにし、何かエッセンスを学びたい場合に女川を使ってよいことにした。町の予算を使っているため、議会の皆さんからすれば女川町で起業しないのになぜ税金を使うのかという話になるが、女川で起業することを前提にした途端にハードルが上がり、極めて参加しにくくなる。そうなるくらいであれば、障壁をなくし学ぶ場として活用してもらえばよいと考えた。面白いことに半分くらい女川で起業してくれる。女川は何かが生まれる、面白いところということをブランディングしてきた。小松2年目はちょうど私がNPO法人アスヘノキボウを立ち上げたタイミングだ。最初は個人で活動していたが、当時の女川は震災から2年経っても未来がどうなるか見えなかったし、明日何をしたらよいか分からなかった。個人でやれることの限界を感じ、NPOを立ち上げ、受けられる事業を回していた。正直未来が見えないため、ビジョンもミッションもなかった。私たちのNPOは全員よそ者なので、よそ者の目線で議論を活性化し、町長や町の皆さんに提案していった。走りながらやってきたのは良かった。藤沢先が見えない中でも人を雇いチャレンジしてきたのが結果的に良かった。能登の皆さんも震災から2年が経ち、今後の復興に向けていろいろ悩まれている方も多い。女川の目線から能登の皆さんにメッセージをお願いしたい。須田自分たちも経験したが、走りながら考えていたし、答えは自分でつくるしかない。成功の方程式もなく、迷いも悩みもたくさんある。先ほど成功した町という紹介があったが、成功した町でも人口は減っている。1万人いた人口も今や5,700人だ。やってきた人間としては、前向きにやっていったらきっと最後は良い答えが出るはずなので、信じてみてほしい。私たちも何かしら力になりたい。2026/7keizaidoyu11

ピッチセッション/グループセッション(要旨)10テーマについて、グループモデレーターによるピッチセッションでの発表とグループセッションをダイジェストで紹介する。1レスキューシティ×イノベーション2拠点を活用した復興支援浅野大介石川県副知事大西健丞副代表幹事共助資本主義の実現委員会委員長ピースウィンズ・ジャパン代表理事寺田航平副代表幹事中堅・中小企業の変革委員会委員長寺田倉庫代表取締役社長事業計画を次回開催日までに打ち出したいIDONOTOBASE事業(コンテナハウス)4月23日、20戸がオープン今回からイノベーションとレスキューシティのテーマを一緒に議論する。議論の発端として、能登に技術系の災害ボランティアがいなかった。地場で重機や道具を使うことができる人たちを育てていく場所で、ドイツのTHW、米国のディザスターシティのような訓練の聖地にしていけるかどうか議論したい。【浅野】技術や人を実装し、場合によってはスピンアウトし、本社を置く会社を何社かつくるという話まで進展させたい。10月17日までに輪島市に登記し、事業計画を打ち出すところまでのタイムスケジュールを考えている。【大西】グループセッション・ダイジェスト社会イノベーション実証の場として位置付ける·能登を危機対処訓練の場にとどめず、医療・教育・交通・通信・防災技術などを実装する「社会イノベーション実証の場」として位置付ける。平時の地域課題解決と災害時の対応力向上を一体化するフェーズフリー、防災デュアルユースを軸に、住民が先端ソリューションに触れ、企業・大学が集う拠点化を目指す。·能登空港周辺を核にCLT・移動型住居、消防飛行艇・シーグライダー、無人ヘリコプター、船舶、衛星通信・HAPS、災害医療、企業研修、防災大学校的機能などを組み合わせる構想を議論した。国・県・市町・民間・大学が連携し、防災庁や規制緩和、資金調達、国際展開も視野に、実証から事業化へ進める必要がある。·拠点づくりは地域住民との接続が不可欠であり、単なる実証フィールドではなく、能登で暮らす人の生活向上に資する設計が重要だ。森林・林業は民有林が多く、地籍調査を進め、再造林、自伐型林業、カーボンクレジット、森林環境譲与税などを組み合わせ、森を守る人材育成と地域所得、防災力を同時に高める可能性が示された。·高校、大学、航空学園、医療、空港、企業実証をつなぎ、能登空港周辺を町のような拠点にしていく構想を共有した。第1回に参加したとき、皆さんの思いをお伺いし、その中で拠点とする場所がないという声があり、第1弾としてIDONOTOBASE(コンテナハウス)が完成した。現在12人の方が入居し活動している。さらに第2弾、第3弾、第4弾を具体化しようとしている。各市町村は復興のための拠点を必要としており、設置を増やし、全てのプロジェクトを横断できるような場所にすることが重要だ。場合によっては県の職員住宅のリノベーションや空き家の活用も含めたシェアハウス化なども視野に入れる。活用できる場所をいかにして増やすのか、本日はそこに向けて議論する。グループセッション・ダイジェスト拠点のつくり方を考えるプロジェクトチーム·もともと文化芸術拠点としたとき、外からの人の住居不足が始動、企業版ふるさと納税の仕組みを活用億2,000万円と県予算などでコンテナハウスを造った。施設を活用したスタートアップ事業をどう回していくか、さらなる支援などについて説明した。·今後、各市町への施設の設置に向け、国の新制度である割補助を活用した「防災フェーズフリーコンテナモジュールプロジェクト」を、都道府県の行政負担3割で活用することを県と検討している。·今後の拠点活用として、県職員住宅の再利用、空き家のシェアハウス化を検討した。民間の借り上げが以前は普通だったが、震災が起こると民間のアパートが建つのかが問題となり、職員住宅の問題にもなっている。住むところの無いところへの配属と賃貸住宅の供給減も課題で、これもまとめて解決したい。また民間で建てたものを行政が借り上げて「行政ベースで民間が入る」施策も議論した。122026/7keizaidoyu

│特集2│第4回のとマルチセクター・ダイアローグ3アート4能登の食の流通関口正洋奥能登国際芸術祭プロジェクトマネージャー奥能登珠洲ヤッサ―プロジェクト事務局長アートフロントギャラリー高橋大就東の食の会福島県浜通り地域代表専務理事広域開催に向けた能登芸術祭実行委員会(仮)の設立に向けてこれまでののとマルチセクター・ダイアローグで、奥能登国際芸術祭を珠洲市にとどまらず、能登6市町へ広域化できないか議論してきた。今回、アート部会に参加した24人は自身が能登芸実行委員会(仮)の実行委員になったつもりで珠洲のフィールドを回り、アートが持つ可能性や、実現に向けた課題など検討してもらった。グループセッション・ダイジェスト「アート×地域資源」の掛け合わせによる魅力創出·アートを祭り・伝統芸能・歴史・暮らし・地域などと掛け合わせ、アートを通して地域のポテンシャルを引き出すことで、地域の魅力向上や移住促進、交流人口の増加につなげるべきとの意見が出された。地域住民や多様な関係者の参画・連携の重要性·行政以外にも地元住民、移住者、学生、アーティスト、企業など多様な主体がかかわることが成功の鍵であり、地域・世代・分野を超えた交流・協働を促しながら、活動が継続する場を創出していく必要性が確認された。2029年に向けた受け入れ環境整備と持続的な発展·交通・宿泊・道路復旧などの基盤整備に加え、自動運転などの技術やツアー企画などによる交通課題の解消、インバウンド対応、地域への経済波及の仕組み作りが課題として挙げられ、29年の開催を目指して、そうした取り組みに継続的に取り組む重要性が確認された。食の供給体制が課題高付加価値モデルをいかに創るか食の流通においては、供給体制の問題が大きい。地震によって破壊されたインフラは行政、漁協をはじめ皆さんの努力で復旧が進み、営業再開も進んできた。2025年の能登の漁獲高が23年の震災前を超えたという良いニュースもある。ボトルネックは人手が圧倒的に足りないこと。薄利多売の大量生産モデルには限界があり、本日は高付加価値のモデルをどう作るか議論したい。具体的には、7月にZEROCOという新しい冷蔵技術が漁協の西海支所に導入されることが確定した。川上で鮮度を保持して保管することで付加価値を上げるのが主な目的だが、魚以外にも利用できるため、活用アイデアを話し合いたい。また、酒蔵が完全に復活しない中で、素晴らしい酒文化をどう維持していくか。穴水餃子日本一プロジェクト、ゲソ缶開発などの具体的プロジェクトを進めたい。食の流通企業との連携·能登の食を流通させる取り組みは、全国的な販路を有するオイシックスやロイヤルホールディングス、大丸・松坂屋などとの連携が進展した。新たな企画も多数生まれた。能登の酒を止めるな·石川県内3分の1の酒蔵が被災し、酒蔵の再建はめどが立っていないが、「能登の酒を止めるな!」プロジェクトを続けている。今回ロイヤルホストさんとは全国200店舗の店で「能登の酒を止めるな!」のお酒を12月からお店で販売していただく。グループセッション・ダイジェスト能登空港のポケモンとのコラボ希望·能登空港のポケモンとのコラボ企画など、食を活用した交流人口の増加につながる企画も実現したい。奥能登国際芸術祭の常設展示であるスズ・シアター・ミュージアムなどを視察(珠洲市)2026/7keizaidoyu13

ピッチセッション/グループセッション(要旨)5オーベルジュ・レストラン6スポーツ池端隼也ラトリエ・ドゥ・ノトオーナーシェフ居酒屋「mebuki芽吹」松中権NOTOTO.共同代表グッド・エイジング・エールズ代表新公益連盟理事OKUNOTOMAKERSを発足地域の食のアップデート、人材育成が目的前回は食の町にするために、ミシュランのグリーンスターの称号獲得店舗を世界一の密度にすることを目標に掲げたが、実際に食の町にするにあたってはシェフだけではなく生産者などもかかわってくる。奥能登の宿、金融、生産者などのメンバーで構成するOKUNOTOMAKERSというチームを発足した。オーベルジュというと泊まって料理が出てくることをイメージする人が多いが、私たちが言うオーベルジュとは、その地域に根差した食文化そのものを全て料理に反映したものである。土台になっているのは、地域の郷土料理や地域の人たちが暮らしの中で紡いできた伝統的な料理だ。OKUNOTOMAKERSにプレーヤーを呼び込むためのシェフズレジデンスも作りたい。オーベルジュなどを中心に食のまちをつくるにあたり、やることをしっかり話し合いたい。「生活の食文化」の継続が危機的状況にある·能登の食文化は、ミシュランシェフと地元のおばあちゃんがつくる「生活の食文化」が併存する状況だ。震災や人口減少により、おばあちゃんの家庭料理や発酵文化などの生活の食文化が継続の危機にあり、継承者不足や活動停滞が顕在化している。一方で、ミシュランシェフとの共存構造はあるが、その中間層人材が不足している。人材育成と生活の食文化のすそ野拡大·料理人が住民と交流することで、地元の活性化をけん引している。トップシェフ誘致だけでなく、地域住民や外部人材を含めた人材育成・交流が重要であり、地域おこし協力隊などを活用した呼び込みや、住民との協働を通じた裾野拡大が必要とされている。目的意識の共有とブランド化のために·能登が提供できる価値(能登時間や暮らし)が言語化できていないのではないか。「能登暮らし保存会」のようなものを作り言語化し内外に発信することや、行政・民間・地域住民が連携し主体的に継承・活性化に取り組むことが必要である。·県としても、能登の食について補正予算にオーベルジュ・レストラン普及に向けてシェフや生産者をつなげる「地域おこし協力隊」の人材確保、宿泊施設の補助金なども打ち出している。グループセッション・ダイジェスト震災、人口減少がもたらす課題に対応する「新しいスポーツ聖地・能登」ブランドを目指すスポーツは子どもたちにとっては身体性やコミュニケーション能力を高め、高齢者にとってはフレイル対策など、能登にいる方々にとって非常に良いものだ。能登の外から来る人にとっても、能登の魅力を知ってもらう、経験してもらう良いコンテンツでもある。これまでも団体や個人からさまざまなサポートをいただいている。能登に暮らす人々のスポーツへの参加促進とイベントや大会を通して、市外の人々に能登に訪れていただくといった両面で議論をしていきたい。また、部活動の地域移行の動きに対応した取り組みについても議論したい。能登の取り組みが能登モデル、石川モデルとして広がることを目指したい。震災による施設事情と人口減少がもたらす課題·震災により、グラウンドや体育館など運動施設の閉鎖という環境的要因や人口減少による影響で、部活動や地域スポーツチームの運営が困難となっているという課題がある。·各市町では個別にイベントや大会開催の依頼が入っており、主催者は開催会場の決定やボランティアの募集、宿泊施設の確保など役所の複数課にわたる調整を行う必要があることから、実現に至らないケースが多数存在する。また、開催会場や宿泊施設が震災の影響により十分確保できておらず、複数市町村が連携したイベント開催が求められる。スポーツ・文化・観光を融合した地域づくりとプラットフォームの必要性·今後は能登全域を対象として、イベントや大会開催にかかわる一元化された広域プラットフォームを構築し、イベントや大会開催誘致、宿泊などのコーディネートを実施していくことが必要だろう。「新しいスポーツ聖地・能登」というブランド形成ができるよう、海外で流行しているモルックやハイロックスといった新興スポーツコンテンツの育成や、能登の文化に触れながらウォーキングを楽しむことのできるトレイル整備を行い、スポーツと文化・観光を融合した地域づくりを推進していくことが重要だ。グループセッション・ダイジェスト·部活動の地域移行については、指導者のマッチングのためのプラットフォームが必要だろう。142026/7keizaidoyu

│特集2│第4回のとマルチセクター・ダイアローグ7企業研修・派遣8奥能登の教育未来図立花貴MORIUMIUS代表理事今村久美共助資本主義の実現委員会委員カタリバ代表理事「関係人口」から始まった「企業研修・派遣」「能登版・人材留学」の構築「関係人口」から始まった取り組みを「企業研修・派遣」として具体化してきた。先週、能登で企業研修を開催した。複数の企業に集まっていただき、中堅社員の方々が参加し、能登の団体に受け入れていただいた。企業が主体的なリーダーが育たない課題を感じる一方で、能登では主体的に動いている人しかいないことを目の当たりにし、帰るときにはキラキラの目をして帰った。上司の方から、もう一度送り込みたいと言っていただいたのが印象的だった。能登からMORIUMIUSへすでに10団体の方々に来ていただき、企業研修や子どもたちへの体験プログラムなどを全て伝えている。次の10月までには、今回やった研修を最低5企業・5カ所で実施するための具体的なアクションを議論する。グループセッション・ダイジェスト「能登版・人材留学」の構築+双方向の仕組み·都市部の大企業社員を能登で受け入れ、主体性や「心の瞬発力」を養う実践型研修を確立する。若手育成や離職防止を目指し、提供価値の明確な言語化と適切な価格設定を進める。また、地元の若手人材を外へ出す双方向の交流も展開し、持続的な還流モデルを構築する。効果的な周知の強化・認知度向上·人事決裁の壁を避け、現場の支店長や課長クラスが即決できるようプログラムを整備する。能登の受け入れ上限を加味し、現場主導のコンパクトなコンテンツから展開する。研修の熱量を伝える動画やHPを制作・発信し、認知を一気に広げる(みずほ銀行と協力)。企業に刺さる「大テーマ」の策定·AIの台頭に伴い方向性を模索する企業に対し、「なぜ能登か」を明確にした共通テーマを確立する。研修が経営課題解決にどう直結するかを論理的に言語化する。また、経済同友会などのバックアップによる「安全担保」を明示し、安心して社員を送り出せる仕組みを築く。·議論は「能登の現状とプレーヤーの取り組み」「先進地(女川・モリウミアス)の知見と企業ニーズ」「課題の抽出とネクストアクション」の三つのテーマで行った。能登の人が学ばせたい高校に全国の人に選ばれる能登の公立高校を前回までは民間でどう奥能登の教育にコミットしていくか、団体をどう応援するかという議論をしてきたが、今回からは能登の人が行きたい、行かせたい、学ばせたい高校、そして全国の人たちに選ばれる能登の公立学校をつくるために議論をしたい。奥能登の高校は数年以内に1学年100人程度になると予想されるが、高校が5校では多い。だからこそ、全国から奥能登の学校に本物の皆さんと一緒に学べるということを知って入学させたいという人が世界中から集まってくるような議論をしたい。ネットワーク型高校モデルの構築·石川県が構想する「奥能登未来創造センター(仮称)」を核とし、飯田・能登・輪島・門前・穴水の県立5校が連携する新しい教育の魅力化を検討している。空港が近く、東京などの都市部から第一線で活躍するゲスト講師が教育活動に参画できるなどもアドバンテージになる。マルチセクターによる教育魅力化·各高校間の資源共有のみならず、地域・企業・大学などとの協働を深め、教育資源を最大限に活用した魅力ある学びの場を模索する。グループセッション・ダイジェスト能登でこそ実現できる生徒目線での高校魅力化·生徒の全国募集を見据え、他校・他地域と差別化できる強みを打ち出して、全国・世界から「ここで学びたい」と思われる学習のあり方・コンテンツが必要である。·能登高校では、今年度より4人の生徒を地域みらい留学生として県外より受け入れを実施している。オールイングリッシュでの探究学習や寮生活、学びたい指導者などキラーコンテンツが必要だ。奥能登のキーワードとして「野生」「人間性の回復」「ブリコラージュ」などの意見があった。2026/7keizaidoyu15

│特集2│第4回のとマルチセクター・ダイアローグピッチセッション/グループセッション(要旨)9新コンセプト活用10北陸経済人による起業プラットフォーム齋藤太郎共助資本主義の実現委員会委員dofクリエイティブ・ディレクター代表取締役鈴木賢治47PLANNING代表取締役もっと“IDONOTOandYOU?”を見える化しよう前回11月にマルチセクター・ダイアローグのコンセプトとして、“IDONOTOandYOU?”を掲げた。これはお涙頂戴の震災復興ではなく、さまざまな人が巻き込まれ、新しいことを始めてほしいという思いを最後の“andYOU?”に込めている。11月からIDONOTOBASEを作り、「能登の酒を止めるな!」プロジェクトで「IDONOTOandYOU?」というお酒も出した。まだまだいろいろな人を巻き込めると考えている。コンセプトはそれを加速させるような装置にしたい。本日、私たちのチームはチームの議論を少しずつ聞きながら、どうすればこのコンセプトを昇華できるかアドバイスしたい。また、全体をまとめるような議論をしたい。見かけたら考えていることを相談してもらえれば、アイデアが膨らむと考えている。“IDONOTOandYOU?”見える化の例·能登には伝統・文化、里山・里海、豊富な食材、匠の技など多様な可能性があり、ビジネスに限らず、旅行や別荘購入など幅広いかかわり方・楽しみ方を“IDONOTO”と位置付けることができる。·一方で、能登の魅力や活動は十分に外部へ伝わっていない。能登を楽しみ、使い倒し、勧める活動を「のとる」と捉え、“IDONOTOandYOU?”の取り組みを見える化することが重要である。レストランや食材などの取り組みに同コンセプトを冠し、ハッシュタグ#IDONOTOandYOU?を通じてメッセージを広げ、この場の熱量を周囲へと伝えていく。“IDONOTOandYOU?”を実践している人をアンバサダーとして認定し、次回のマルチセクター・ダイアローグ開催時には、ベスト・オブ・アンバサダーの表彰を行う。·能登の「ヨバレ」文化を参加者間で実践する。能登の方には今回知り合った外部の方を呼んでもらいたい。また、東京でも飲み会を開催する。さまざまな情報を交換し、広げていくツールとしてLINEオープンチャットを開設し、登録を促す。グループセッション・ダイジェストチャレンジャーを「よってたかって」支援する仕組みを私は福島県いわき市出身で、東日本大震災で実家が全壊し、福島の復興に携わっていた。3年前に金沢に引っ越し、その間に能登地震があり現在に至る。私自身、今年3月に東京に戻ったが、今、外でチャレンジしている方々のチャレンジが継続する仕組みをつくりたい。行政、大学、金融、メディア、そして外部企業が地域企業のチャレンジャーを「よってたかって」支援する仕組みをつくりたい。この仕組みはチャレンジがずっと継続し循環していく形が望ましい。必要なのは挑戦が連鎖する構造である。どうすれば能登のチャレンジャーのためになる仕組みができるのか議論したい。また、今たくさんの方が東京から来ているが、金沢と能登の心の距離と物理的な距離があると感じた。金沢などの都市部の企業も何かしたいができない構造的な問題があり、その解決にもつながるような形にしたい。「能登イノベーションベース(能登IB)」·起業家だけでなく、既存ビジネスの人にも成長の場として、EOHokuriku(北陸起業家機構・約50社)の全面支援の下、27年2月9日にNOTOMORIにおいて立ち上げを目指す。·IDONOTOBASEと連携し、全国から集まるチャレンジャーが継続的に学び、成長できる場として能登IBを活用する方向で連携を進める。·金沢の経済人に能登の情報や状況を共有するため金沢経済同友会との接続を強化する。また、県外企業が進出しやすくなる制度や環境を議論・提案する場をイノベーションベースに設ける。グループセッション・ダイジェスト162026/7keizaidoyu

経済同友会つながる▲▲▲RELAYTALK#319紹介者船橋仁ICMGGroup代表取締役会長FounderandGroupCEO高乗正行マター・ベンチャー・パートナーズOperatingPartner兼日本代表最初に信じる人前回この「リレートーク」に寄稿したのは2011年のことだった。当時、まだ経済同友会では若手会員だった私に執筆の機会をいただいた。日本では地上波アナログテレビ放送が終了し、世界ではiPhone4が普及し始めたころ。家電量販店には大型テレビが並ぶ一方で、多くの若者は、その何分の一しかない小さな画面のスマートフォンを手に取り始めていた。その小さな画面が人々の行動や暮らしを変え始めていると書いた。それから15年。その小さな画面は私たちの暮らしや働き方、さらには産業の姿まで大きく変えた。そして再びこの機会をいただいた今、15年前と同じ高揚感を覚えている。新しい時代の入り口に立っている実感があるからである。私は現在、シリコンバレーのベンチャーキャピタルMatterVenturePartnersで日本責任者を務めている。同社は2023年の設立以来、1・2号ファンドで日本円換算1,000億円強を運用し、半導体やロボティクスなどのハードテック企業へ投資している。米国を中心とした世界中の起業家と向き合う中で、私が強く感じることがある。『未来をつくるのは、最初に信じる人である』起業家は、まだ誰にも見えていない未来を最初に信じる人だ。そして、その挑戦を信じる社員や顧客、パートナーがいて初めて、新しい産業は社会へと広がっていく。いま、AIは画面の中だけではなく、ロボットや工場、物流、医療など現実世界へ広がり始めている。半導体やAIインフラがその土台となり、「フィジカルAI」と呼ばれる新しい産業革命の幕が開こうとしている。その変化は、15年前のスマートフォン革命を上回るインパクトをもたらすかもしれない。日本には世界に誇る技術とものづくりの力がある。一方で、新しい挑戦には「もう少し実績が出てから」と考えがちな面もある。しかし、大きな変化は、完成された未来ではなく、不確かな可能性を最初に信じる人たちによって生まれてきた。15年前、小さなスマートフォンの画面から始まった変化は、社会の前提を書き換えた。いま始まるフィジカルAIの変革も、15年後には当たり前になっているだろう。そのとき、日本から未来を最初に信じる人が次々と現れ、私もその一人であり続けたい。▲▲次回リレートーク植村幸祐双日代表取締役社長CEO2026/7keizaidoyu17

提言概要(6月10日発表)医療機関の経営改革に向けた規制緩和~誰一人取り残さないセーフティネットのために~規制改革委員会(2025年度)委員長間下直晃廣田康人竹川節男轟麻衣子社会保障制度と医療を取り巻く現状は極めて厳しい。医療費の著しい増加に加え、医療機関は人件費高騰や物価高などの影響を受け、多くが赤字経営だ。とりわけ地方の医療機関の倒産が現実のものとなっている。医療提供体制の持続可能性を確保するために今、何をすべきか。本委員会では、経済・財政・金融・社会保障委員会が26年4月に公表した提言の中で示した「医療機関経営の危機」を具体的に解決する施策を議論し、提言した。■はじめにわが国の社会保障制度は現在、未曾有の危機に直面している。2025年度の国民医療費は過去最高の50兆円を超える見込みであり、40年度には約70兆~80兆円に達すると推計されている。一方で、病院経営は人件費や材料費の高騰、物価高の影響により、約7割の病院が医業赤字という極めて厳しい状況である。既に地方を中心に医療機関の倒産や閉院は現実のものとなっており、地域の医療提供体制は崩壊の危機に直面している。社会保障財政が限界を迎え、診療報酬の継続的な引き上げが困難な現状において、この危機を乗り越えるためには従来の制度の延長線上ではなく、医療機関が自律的に経営できる環境整備が求められる。本提言は26年4月23日に経済・財政・金融・社会保障委つの危機に立ち向かう2つの改革~』で示した「医療を取り巻く7つの危機」のうち、「医療機関経営の危機」を具体的に解決する施策として、患者のニーズに応えつつ、誰一人取り残さないセーフティネットとしての医療を守り抜くため、医療機関のガバナンス改善、収益性の向上、および高齢化に伴うニーズの変化に対応した機能転換を柱として提言を行う。■課題認識と提言の方向性(1)医療機関の経営効率化に向けたガバナンスの改善ひっぱく社会保障財政が逼迫し、診療報酬の継続的な引き上げによる解決は現実的ではない。外部環境の変化に左右されず経営を安定させるためには、徹底した効率化と自立した経営基盤の確立が不可欠である。(2)医療機関の収益性改善に向けた規制緩和また、本業である医業利益のみで経営が成り立たなくなっている現状に対し、医療機関が自律的に収益力を強化できる環境を整備しなければならない。(3)医療ニーズ変化に向けた対応さらに、高齢化の加速により、今後の医療提供の場は病院完結型から在宅や介護施設などへとさらにシフトしていく。中小病院などの資源を、地域社会のニーズに即した総合診療と全身管理や在宅支援を担う拠点へと機能転換させなければならない。Ⅰ医療機関の経営効率化に向けたガバナンスの改善社会保障財政の現状は厳しく、医療費の約4割が税金で賄われ、社会保険料が実質的に税と化している現状では、診療報酬の継続的な引き上げによって経営を支えることはもはや困難である。一方で、物価高騰などの影響により病院の約7割が医業赤字という危機的状況にあり、公定価格ゆえにコスト増を価格転嫁できない構造的限界に直面している。こうした中、地域医療の砦である高度急性期体制を維持し、持続可能性を担保するためには、診療報酬の引き上げに依存しない自立した経営基盤の確立が急務であり、以下のガバナンス改革を求める。(1)理事長・理事就任要件の緩和と外部人材の登用理事長の医師限定要件や兼務制限、閉塞的な理事就任要182026/7keizaidoyu

CLOSE-UP提言件といった現行の規制が、有為な経営人材の活用を妨げる障壁となっている。理事長や院長個人の能力にのみ依存する旧来の経営体制から脱却し、「医療と経営の両輪」で回る近代的な体制を構築するため、原則として医師に限定されている理事長の就任要件を緩和し、医師以外の医療職や経営プロフェッショナルの就任や理事長の兼務を認めるべきである。さらに、金融関係者やコンサルティング会社などの「取引関係がある外部の専門家」も理事に就任できるよう、現行の就任要件を緩和すべきである。(2)医療機関の企業的経営の実現現在の医療法人は借り入れによる資金調達しか手段がなく、急激な経営環境の変化への対応や、将来を見据えた新たな設備投資、事業拡大が大きく制限されている。こうした構造的な制約を解消し、医療提供体制の持続可能性を確保するためには、株式発行や配当を可能とする「株式会社」形態での経営を選択肢として認めるべきである。幅広い市場から資金・人材・経営ノウハウを取り込める制度環境の整備が求められる。Ⅱ医療機関の収益性改善に向けた規制緩和医業利益における赤字病院の割合は毎年増加し、本業の医療提供のみでは病院経営が成り立たなくなっている現状において、医療に影響のない範囲で規制を見直し、自律的に収益源を持たせる環境整備が必要である。(1)収益事業および付随業務の認可拡大医療法人が持つ専門的な知見を最大限に活用した栄養食品やリハビリテーション機器の開発・販売といった収益事業を許可すべきである。併せて、介護予防、産福共創サービスなどの地域活動に資する事業を加えるべきである。(2)医療インバウンドの推進自律的な経営基盤を確立するための戦略的な収益源として、医療インバウンドを推進すべきである。外国人患者による自由診療収益は、最新の医療機器や設備、研究開発への再投資を可能にするだけでなく、その収益を国内向けの設備投資やスタッフの処遇改善に充てることで、地域医療の維持・強化に還元される。政府は「MedicalJapan」としてのブランド化や、電子ビザ導入による手続きの迅速化を急ぐべきである。Ⅲ医療ニーズ変化に向けた機能転換2040年に向け、医療ニーズは従来の「単一疾患治療」から複数の疾患を抱える高齢者への「全身管理と生活支援」へとシフトしている。(1)地域医療を担う中小病院の役割転換中小病院を高度急性期病院からの患者受け入れや在宅生活を支える拠点へと大胆に機能転換させ、地域社会を救う「資産」へと再編することが不可欠である。この転換を支える基盤として、医療DXによる徹底した効率化を断行すべきである。クラウド化やAIの活用により、間接業務を大幅に削減し、限られた医療スタッフが本来の専門業務に集中できる環境を整える必要がある。(2)総合診療医の育成多疾患併存の高齢者に対応する包括的ケアを地域に根付かせるためには、総合診療医の存在が不可欠である。総合診療医育成のためのプログラムを再設計・拡大展開し、高度な全身管理能力とともに組織管理能力を統合的に育成することで、経営難に苦しむ中小病院を地域社会のセーフティネットを支える強固な「資産」へと再生すべきである。■おわりに将来にわたって医療の質と地域医療を維持するためには、優れたガバナンスと経営力を備えた医療機関を増やすことが不可欠である。そのためには、医療の公共性を確保しながら、経営の自由度を高め、多様な資金・人材・経営ノウハウを取り込める制度環境を整備するとともに、地域医療を支える人材の育成を進める必要がある。経済同友会はこうした規制改革の実現に向け、政府や関係者への提言と対話を継続していく。提言本文はコチラ2026/7keizaidoyu19

新入会員紹介会員総数1,811名(2026年6月19日時点)雨宮邦和木村貞雄鎌田剛所属:日本電気役職:取締役執行役副社長兼CFO所属:日本電気役職:CorporateSVP所属:コマツ役職:執行役員大田俊之伴大助宇野智之所属:コマツ役職:執行役員所属:コマツ役職:執行役員所属:モンスターラボ役職:取締役川北奈津小日向博充中堀公博所属:モンスターラボ役職:執行役員所属:モンスターラボ役職:執行役員所属:ANAホールディングス役職:取締役副社長執行役員早勢晋一池側千絵後藤隆一所属:全日本空輸役職:取締役執行役員所属:NIPPONEXPRESSホールディングス役職:社外取締役所属:日本信号役職:取締役社長岡本司安森一惠岡田正所属:大東建託役職:取締役常務執行役員CFO所属:クレディセゾン役職:常務執行役員所属:コスモエネルギーホールディングス役職:常務執行役員中尾友治富田亜紀久家紀子所属:平和不動産役職:代表執行役専務所属:住友商事役職:常務執行役員所属:マッキンゼー・アンド・カンパニー・インコーポレイテッド・ジャパン役職:シニアパートナー奈須野太祖父江謙介髙智亮大朗所属:三菱電機役職:上席執行役員所属:アーサー・ディ・リトル・ジャパン役職:日本代表パートナー所属:コスモスイニシア役職:取締役社長川邉太郎小山雄司阿部泰久所属:丸紅役職:常務執行役員所属:日本航空役職:常務執行役員所属:ZenmuTech役職:取締役社長CEO202026/7keizaidoyu

曽根岡侑也東條英俊松岡誠造所属:ELYZA役職:代表取締役所属:AnthropicJapan役職:代表執行役社長所属:メモリアホールディングス役職:常務取締役竹内優志岩崎由夏木谷明日香所属:Direava役職:代表取締役CEO所属:YOUTRUST役職:取締役社長所属:コファスジャパン信用保険会社役職:日本における代表者小池義則吉永操山本英右所属:コドモン役職:代表取締役所属:サーチファーム・ジャパン役職:取締役社長所属:日本アビオメッド役職:取締役社長内山遼子金子岳人藤川修所属:ScrumInc.Japan役職:COO所属:GMOあおぞらネット銀行役職:取締役会長◆復帰所属:日本電気役職:取締役執行役副社長兼COO◆復帰大原聡所属:アーサー・ディ・リトル・ジャパン役職:マネージングパートナー兼アジアクラスター代表退会岩﨑真人村上努出浦淑枝中野俊彰所属:IGPIグループ所属:DBJリアルエステート所属:コマツ所属:三井住友信託銀行役職:シニア・エグゼクティブ・フェロー役職:取締役会長役職:執行役員役職:監査専担役員平田仁中山直喜志立正嗣河村泰貴所属:国際協力機構所属:クレディセゾン所属:ディップ所属:𠮷野家ホールディングス役職:元・上級審議役役職:取締役兼常務執行役員役職:元・取締役役職:元・取締役会長佐々木紀彦中村哲也松本元春一法師淳所属:PIVOT所属:明芳会所属:日本電気硝子所属:NTTファシリティーズ役職:代表取締役役職:理事長役職:取締役会長役職:シニア・アドバイザー高畑勲小野俊彦堺和宏松倉肇所属:インフィニオンテクノロジーズジャパン所属:東栄電化工業所属:日本電気所属:日本電気役職:元・相談役役職:取締役会長役職:元・執行役CorporateSEVP兼Co-COO役職:元・SeniorAdviser2026/7keizaidoyu21

7No.890July2026経済同友小林啓太野澤康隆渡辺章博宮内孝久所属:NTTファイナンス役職:取締役社長所属:浜銀総合研究所役職:取締役会長所属:フーリハン・ローキー役職:会長所属:神田外語大学役職:元・学長東佳樹平手晴彦谷垣邦夫和佐見勝所属:清水建設役職:元・取締役副社長所属:Hirate&associates役職:取締役社長所属:かんぽ生命保険役職:取締役社長所属:AZ-COM丸和ホールディングス役職:取締役社長青木靖典岩永裕人山本修所属:北関東綜合警備保障役職:取締役社長所属:アール・アイ・エー役職:取締役会長所属:ユニゾン・キャピタル役職:パートナー退会2026.4.18ご逝去による会員資格の喪失2026.3.17ご逝去による会員資格の喪失2026.4.28ご逝去による会員資格の喪失Column私の一文字渡辺治子「どのような未来を『築』くのかを考えることが責務」02リレートーク高乗正行「最初に信じる人」17私の思い出写真館東海由紀子「America'sHeartland」23新入会員紹介20CLOSE-UP提言規制改革委員会【提言】間下直晃・廣田康人・竹川節男・轟麻衣子委員長医療機関の経営改革に向けた規制緩和~誰一人取り残さないセーフティネットのために~18特集12026年度新任副代表幹事ご紹介03特集2共助資本主義の実現委員会能登半島地震支援イニシアティブ第4回のとマルチセクター・ダイアローグ09CONTENTS2026/7keizaidoyu22

私のAmerica’sHeartland東海由紀子CoupangInc.執行役員30代のほとんどを海外で過ごしました。大学院への留学や夫の海外駐在への帯同で、アメリカ各地やソウルなど、人種や文化の異なる地で生活しました。その中で一番思い出深いのは、ウィスコンシン州ミルウォーキー市です。近年は「ラスト・ベルト」と称される中西部の中規模都市です。90年代後半はまだ中西部の産業の衰退を感じることはなく、ダイバーシティーを意識することも少ない白人中心の社会でした。中西部の人々は他国への関心が薄く、ネイティブではない英語は聞き慣れないようで会話に苦労しましたが、アメリカンフットボールに助けられました。アメフトは、アメリカでは最も人気のあるスポーツですが、日本人には余りなじみがありません。ただ、私は父の影響で子供のころからカレッジフットボールをテレビ観戦しており、通っていた高校にアメフト部があったため、とても身近なスポーツでした。何より、夫は大学・社会人と10年間競技を続け、スーパーボウルを現地解説した経験もあり、大いに関心を集めました。極東のアジア人がアメフトの元選手とは、何か別いぶかのことと勘違いしているのではと訝しがられていたようにも思いますが、会話の糸口としては最高でした。やがて家族ぐるみで付き合うようになったのが、私の通う大学院の教授で、プロスポーツを取材するジャーナリストでした。当時は野茂英雄さんら日本人選手がMLBに挑戦し始めたころで、日本人投手と対戦する試合の会見など、情報収集を頼まれ、ブルワーズのホームゲームに通うようになりました。マーク・マグワイアやサミー・ソーサが次々と本塁打記録を更新する姿を目の当たりにしたことは忘れられません。2年後ボストンに移り、2つ目の大学院時代は、中西部での暮らしが格好のネタとなりました。た。大学卒業後はテレビ局でスポーツ報道に携わっていまし大学院の卒業式にてスポーツ報道に携わていたテレビ局時代アメフト観戦時の1枚2026/7keizaidoyu23

経済同友経済同友2026年7月No.890令和8年7月31日発行編集発行人/齋藤弘憲発行所/公益社団法人経済同友会〒100-0005東京都千代田区丸の内1-4-6日本工業倶楽部別館5FURL/https://www.doyukai.or.jp編集/経済同友会事務局制作/CCアーク
